できることから〜PTA現在進行形

小学校PTAでのいろいろ。楽しく活動する方法、模索中!!

PTAの問題を考えてみた

今のPTAの問題?
なんでこんなに嫌われもので、できれば関わりたくないといわれているのか?どうやったらスムーズに運営できるのか。

ここでいうPTAとは学校単位のPTA活動、いわゆる単位PTAのことで、その集まりである市町村単位や都道府県単位の小学校、中学校PTA連合のことは別にさせてもらいます。
また、私は専門家ではありません。一PTA会員です。個人的に疑問に思ったことをまとめたまでですので、その点はご了承ください。

では、はじめましょう。 単位PTAの問題を以下のようにまとめてみました。

A.歴史的な問題

(1)完成形、決まり、マニュアルがない=単位PTAごとに異なる。
(2)学校の中だけでない、他者との関係が必要になる。
(3)『義務化したボランティア』になっている。

B.現在在籍している人の問題

(1)期間、区切りがある。
(2)「嫌だ」「怖い」という話が一人歩き 。
(3)毎年異なる人が運営に携わる。
(4)運営する上でいろいろな問題が発生する。
(5)感謝されない。 

A.歴史的な問題点

(1)完成形、決まり、マニュアルがない=単位PTAごとに異なる。

『PTAは、子どもたちの健全な成長を図るために、保護者と教職員が自主的に組織し、運営する任意の団体』ということで、“PTAはこうあるべきだ”ということを市町村ごとに記されたものはありますが、“PTAをこうやって運営しなさい”という決まりやマニュアルはないと思います。
もちろん規約やら規則は作られていますが、それも学校のPTAごとに作られたもの。運営方法は単位PTAごとに異なるのです。
そして運営も、毎年いろいろな保護者が代わる代わる関わりを持ちます。校長やPTA会長、役員、会員(保護者)、ことによっては地域の人々のいろいろな思いや慣例の上に成り立っています。
完成形がないので、最終的に何をしていいのか全くわからないまま、変化したり変化しなかったりするのです。

(2)学校の中だけでない、他者との関係が必要になる。

単位PTAならば学校の中だけで完結すれば済むのですが、市町村などのPTA連合に属しています。
また、学校というのは地域に大きく関係している場合があります。これは、学校の所在地によっても異なることだと思います。

・PTA連合(市町村、都道府県)
教育委員会 ・地域(町会、村)

これらが単位PTAに影響を与えることが考えられます。
特に郊外の学校では、学校の運動会=地域の運動会のように、学校や保護者だけで成り立たず、地域と大きく関係しているところもあると思います。
地域の慣習、風習までも考慮しなければならない…そのような場合もあるのです。

(3)『義務化したボランティア』になっている。

日本にはあまりボランティアという精神が定着していないと思います。
そして戦後PTAを導入した時の経緯から、PTA活動を自由な意志でなく、義務や強制で奉仕活動をさせられている意識が強いとされています。
『できることを、できるときに、できる人が』という考えがうまく定着せず、一部の人に偏ってしまうことが多々あります。
何年も同じ人がやったり、断りきれず請け負ってしまう人も出てしまいます。
作業も結構な量あり、ひとりではとても時間がかかることもあります。
逆に協力しようとして、分担するための準備に時間が必要となってしまうこともあるのです。
また、「きつい、面倒、やりたくない」「自分がやらなくても誰かやる」が先に立ってしまい、拒否する人も出てきます。

B.やっている人の問題

(1)期間、区切りがある。

単位PTAは“子どもが在学している期間”を区切りとしています。そのため、その期間以外は関わらなくてよく、在学中の一定期間のみ“我慢”すればいいとする保護者もいます。 そのため、前年と同じことをやることが楽とされたり、手一杯になってしまったりして、活動自体が見直されにくくなってしまっています。

(2)「嫌だ」「怖い」という話が一人歩き

「体を壊した」「PTAに関わり子どもの世話ができない」「夜、外の会合に出るため子ども一人留守番させている」…などの話を耳にしたことがあります。
直接PTAの執行部に伝わればまだ対処の方法もあると思いますが、出所のわからない噂になっていったり、尾鰭がついてPTAに関わったことのない保護者に恐怖感だけ伝わることもないとはいえません。

(3)毎年異なる人が運営に携わる。

会社や組織なら運営側は基本的には一定期間変わらず、方針はそうそう変わりません。
しかし、PTAは毎年運営する人が異なります。10名程度の執行部で、ある一部の人が残留し翌年も行うことはあっても、すべての人が同じではありません。
基本方針がなく、運営する人も変わる…A(1)にもありますが、最終的な完成形も決まっていないとなると、毎年やりたいこと、やることが全く異なってしまいます。

(4)運営する上でいろいろな問題が発生する。

運営する人たちの中でいろいろな違い、変化が問題になってくることもあります。

・PTAの運営方法、やり方の違い(仕事として事務的にやる、サークル的に集まり・楽しみとしてやる等)
・PTAへの関わり方の違い(力の入れ具合、思い入れや熱の違い等)
・今までの環境、経験の違い(職歴、IT能力等)

これが結構ややこしい…楽しよう、早く帰ろうと思って効率を優先すると「一生懸命やりすぎ」に見えたり。サークル的に楽しくを優先しすぎて、世間話ばっかりで、何にも決まらなかったり…。
効率的に楽にやろうとすると整然と規則的になります。しかしそれには準備が大変になったり、できる人の負担が増えてしまったり。
日程の調整にしても、優先順位の違い(自分を優先、日程を優先、やる人を優先等)でやり方が異なります。
そんなやり方の違いから、派閥のようなものができてしまって、決まるものも決まらなくなることも考えられます。
会社なら経営者が欲しい人材を選別しますが、PTAはその選別がされずいろいろな人が関わり合う場所なのです。 物事をはかる物差し、重きの置き方が異なるので、問題が発生することも考えられますし、その都度対応する必要も発生します。

(5)感謝されない。

PTAに関わってもあんまり感謝されません。
もちろんボランティアだから、見返り要求しちゃだめじゃんという人もいるかもしれませんが、どんな環境の人であれ、自分の時間を使ってやっていること…正直「ありがとう」っていってもらいたくなります。
専業主婦だからと押し切られた人が、ふと「私が他の人の代わりに活動している間、給金もらって働いている人もいるんだよな」と考えてしまうこともあるかもしれません。
仕事を持っている人が「子どものため」と請け負って、朝から晩まで働いて、土日も行事に動員され、有給をとって参加することを強制されたら正直たまりません。
PTA執行部などを請け負うと“奇特な人”“暇人”“物好き”のようにいわれることはあっても、あんまり感謝されない…というのは問題ですよね。

 

大まかにまとめてみましたが、いかがでしょうか。
学校単位PTAの複雑なところは、以上のような問題が複合的に絡み合うので、とてもわかりにくいものになっていると思えます。
通常、組織などには個人的な感情などはあまり持ち込まないのを良しとするのでしょうが、PTAは個人的なものが入り込みやすいようです。それこそ家庭の問題やその日の体調…会社などではあり得ないことも、持ち込ち込まれることが当たり前になっている場合は、そこからまず切り離す必要があると考えます。

まずは、自分の所属するPTAがどのような問題を抱えているのか、主として活動するのはどのような考え方で活動しているのかを把握することが必要でしょう。